退職時に誓約書へのサインを拒否する際の対応は?競業避止義務を課すための方法について
目次
問題の事象
社員が退職する際には、次の2年間業界内の他社への転職を避ける旨の誓約書を提出してもらっています。
しかし、ある社員がこの誓約書への署名と提出を拒んでいます。
この状況において、その社員に誓約書の提出を強制することは法的に許されるのでしょうか?
また、誓約書を提出しなかったことを理由にその社員を懲戒解雇し、退職金の支払いを見送ることは可能でしょうか?
解説(基本的な考え方)
「退職後」の競業避止義務は労働者が当然に負う義務ではありませんので、これを課すためにはその旨の契約が必要です。
ただ、契約は当事者双方の「合意」が原則であり、職業の選択に制約を負うような労働者側に不利益となる契約を強制することはできません。
したがって、これを拒んだことを理由とした懲戒解雇や退職金の不支給も難しいでしょう。
「退職後の競業避止義務」を合意する方法は?
就業規則で誓約書提出を規定しておくことは可能か?
就業規則の定めが労働契約の内容となるため、雇用された労働者は就業規則に基づいて誓約書の作成義務を負うものと考えることができます。
したがって、使用者は同就業規則を根拠として労働者に対し競業避止義務に関する誓約書を作成・提出すべき旨を指示・命令することができます。
同命令に従わない従業員がいる場合には、これに対する懲戒処分等の処分も検討されます。
ただし、労働契約法第7条では
とされています。
そのため
とされ、誓約書自体が無効とされるリスクが常につきまといます。
管理職への昇進時に提出させる
退職後に負わせるべき競業避止義務の内容や制限範囲は、対象となる従業員の役職や職務内容によって変わり得るものです。
特に管理職への昇進時などは社員が重要な情報にアクセスする機会も増え、
と見なされやすいでしょう。
また昇進や異動に応じて改定した誓約書を作成・提出させることは、競業避止に関する指導の良い機会にもなり、是非とも取り入れたい手続きといえます。
採用時に提出させる
入社時に雇用契約書と併せて、退職後も含めた競業避止義務に関する誓約書を提出させることはとても有用です。
これは雇用契約を結ぶ前の段階であり、労働契約法第7条の適用範囲外となるため、
があります(三菱樹脂事件・最高裁判所判決昭和48年12月12日参考)。
この時点で退職後の競業避止に関する誓約書の作成に難色を示すような応募者は、入社後問題社員となり得るリスクが高いといえ、どれだけ優秀に思える者であったとしても不採用とすべきでしょう。
誓約書の内容について
社員が退職後に競業を行うことを禁止するためには、職業選択の自由(憲法22条1項)を考慮しながら、退職後の競業避止義務の内容を明確に規定する必要があります。
また、
これらを踏まえ、競業避止の合意を有効に機能させるたにも、
●使用者の正当な利益の保護であること
●労働者の在職中の地位
●職務内容
●競業避止の期間や地理的範囲
●代償措置
などの条件を丁寧に規定することが大切です(フォセコ・ジャパン・リミテッド事件・奈良地裁判決昭和45年10月23日参考)。
退職後の競業避止義務を有効とするためには
退職後の競業避止を誓約させるにあたっては、入社前に誓約書を提出させることが最も有用でしょう。
これに加え、重要な情報にアクセスする機会の増える管理職への昇進時などに、その立場に応じて改定した誓約書を作成・提出させることは、競業避止に関する指導の良い機会にもなります。
また、誓約書の合意を有効に機能させるためにも、
●競業を禁止する期間は1年程度とすること
●競業を禁止する地理的範囲を必要最小限に抑えること
●競業避止に対する対価として加算された給与や退職金を支給すること
などを考慮した内容としておくと、退職後に競業避止義務を負うことが法的に認められやすくなります。